先輩の声
青木 俊和
  • 青木 俊和(あおき としかず)
  • 入社23年目
  • 経済学部 経済学科卒
仕事歴紹介
1988年7月に京都支店システム課に配属
京都支店では、京滋地区のオフコンのお客様のシステム開発(要件ヒアリングから設計、製造、テスト、納品、本番立合いまで)を行なってきました。※その後、勤務地は大阪に変わりましたが、仕事内容に大きな変化はありませんでした。
2000年1月に『COBOLマイグレーション』と出会う
長年オフコンで運用されてきたお客様に対して、単純なレベルアップではなくオープン環境への移行を提案。
⇒2000年2月 最初のマイグレーションプロジェクトが発足(オフコンからWindows環境へ)
その後、この『マイグレーションサービス』に携わっています。
2006年2月より 東京へ
『マイグレーションサービス』の販売促進を目的とした営業支援活動に従事してきました。
現在の部署では、『マイグレーションサービス』の拡販支援に加え、東京地区既存のお客様に対してのシステム提案、開発の支援作業を行なっています。
※[語注]
マイグレーション:業種、メーカー、OSに関係なくレガシーシステム(既存のシステム)をオープン環境へ移行する手法。
Q1.今まで印象に残っているプロジェクトのエピソードを教えてください。

印象に残っているプロジェクトのエピソードを2つ紹介していきます。

【配属後初めてのプロジェクト】
京都支店に配属されてすぐに、新規のお客様へ新しくシステムを導入するというプロジェクトに参画しました。
客先にも同行させてもらい、打合せにも参加しました。(議事録を書くのが私の仕事)
そこで、当時のプロジェクトリーダーのお客様との接し方や仕事の段取り、進め方を見ているなかで、尊敬の念を抱き、いつか先輩のようにお客様と対等に会話が出来るようになりたいと考えるようになりました。
"上司の背中を見て部下は育つ"のお手本となる上司が、まさに、目の前におられたのです。
もちろん今でもこの先輩を私は尊敬しています。
最初に携わったこのプロジェクトは、今の私の原点なので深く印象に残っています。
【初めてシステム完了報告にサインをいただいたプロジェクト】
入社3年目のことです。
まだ製造フェーズに入ったばかりでしたが、リーダーとしてプロジェクトを進めてこられた先輩が別プロジェクトの対応の為このプロジェクトを離れることになりました。その後、私だけが残り、分からないことだらけで苦労しましたが、同僚や諸先輩方に助けられながらも何とか無事本番稼動を迎えることが出来ました。
これが、初めて私の名前でシステム完了報告をいただいたプロジェクトです。
最後にお客様から『良く頑張ってくれたね。ありがとう!』のお言葉を戴きました。(更には、酒の席まで…)
その瞬間、何とか責任を果たせたことよりも、お客様に喜んでいただけたことが何より嬉しく、思わず涙が出そうになりました。
システム完了報告にサインをいただく場面はいまだに緊張しますが、いつもこの日のことが頭をよぎります。
2つのエピソードは、ともに「初めて」を経験した場面です。
「初めて」のプロジェクト配属、「初めて」のプロジェクトリーダーは、今までとは違う一歩上のステージの経験でした。
今思うと、周りの上司・先輩・同僚にサポートをもらいながらも、お客様に喜んでもらおうと無我夢中で仕事に向き合っていたことが思い出されます。
Q2.システムエンジニアの仕事の魅力・やりがいを教えて下さい。
仕事内容を抜きにしてまず考えてもらいたいことがあります。

「何の為に仕事をするのですか?」⇒「仕事をする"目的"は何ですか?」
  "目的"が定かでないと目指すべき方向が分かりません。
「仕事をしてどうなりたいのですか?」=「"目標"は何ですか?」
  "目標"がないと達成するための方法が考えられません。達成するための方法こそが"手段"です。

この"目的"、"目標"、"手段"は仕事の中だけでなく、日常生活にも大いに関わってきます。

青木俊和
とかくエンジニアは技術力が必要ですから、"手段"にのみ走りがちになります。達成方法を考えるのが仕事だと言ってしまえばそれまでですが、ただのエンジニアではなくシステムエンジニアですから、"目的"、"目標"、"手段"を実現させるのが仕事です。

仕事を通して自己形成につながる考え方を身に付けることが出来ますし、何よりお客様の考える"目的"、"目標"に向かい、お客様と共に考え、達成するところに魅力とやりがいがあります。

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